子供の成長に必要な家族の機能 最後四番目は・・・
・「教育」
です。
おそらく、一般的なイメージの教育とは少しちがいます
英単語にならってみると
education=「教育」
の動詞→educateの意・語源でもある「引き出す」
この”引き出す”ということが子供にとって大切な教育となります
よく履き違えてしまっているのは、アレやりなさいコレやりなさいといった指示・教示の下に従わせてしまうことです
この場合教育とは「対極」にある”教育もどき”になってしまいます
あくまでも子供の良いところを引き出す、発見して導いてあげることが成長につながっていきます
たとえば計算が早ければ算数、数学、理系へと優先し 絵が上手なら美術 リズム感が良ければ吹奏楽、かけっこが早ければ陸上やサッカー、
もちろん科目に限らずに優しいという長所であれば色んな人と接する機会を増やしてあげたり、看護師さんや保育士さんや介護の仕事などを見せる機会を作ってあげたり
個性によって多種多様な可能性が見いだせると思います
代々の野球家系や、大のサッカーファン、若い頃自分が目指していた夢、
お気持ちもわかりますし確かに子供にとっても”多少”は有利でしょう
ただそれでもやはり子供の個性を活かしてあげるべきだと思います
そしてまた、親特有の盲点があるという事を承知していなければなりません、
ときに最大の手かせ足かせとなりうるのも親です
わかってるつもりというのも気をつけなければなりません
子供の可能性を親が推し量ってはならないと思います
そしてまた、つい”教育もどき”が熱心になり過ぎてしまうと子供の「良いとこ」すらも見えなくなってしまいます・・
例えば優しい子が看護師さんになりたいとして
「優しいだけじゃだめなのよ! 知識を詰め込んで試験に合格しなくちゃいけないんだからね」
や
「自分の血を見てこわがってるのにダメじゃない?」
など、ダメ出しばかりされてしまう場合があります、優しいだけでは無く他にも色んな良い部分があるにも関わらず、ダメな部分しか見えてこない・・
そうなれば親は無意識のうちに自分の要求に見合う事しか受け入れません
上記の”親の盲点”にも増した「フィルタリング」です
親独自の眼鏡越しに子供を見てしまっています
良い部分を引き出されて育った人に対し、ダメダメを言われながら指示通りに育ってきてしまうと自主性が無くなり、自分で判断する事も出来ず、ネガティブ思考のため生きる活力が無くなってしまいます。。
細かい内容は違えど人生を「山登り」に例える方は多くいます、
背中に20キロの荷を背負い、自らの意思で山の頂上目指す人は途中で転んだり、トラブルが起きて立ち止まったとしてもまた歩き出すでしょう
また道を塞がれ立ち止まったとしても迂回して頂上を目指します
ところが20キロの荷物を背負わされ、山のてっぺんまで登りなさいと指示された人にとって
つまづきは歩みを止める事のできるいい機会となり道を塞がれてしまった場合には重い荷物を降ろして歩き出す事は無いかも知れません・・
子供の才能を引き出し、自分のやりたい事を見つけさせる「教育」。
まずは親を超え、大きく羽ばたいて欲しいと思います。
<次回 【まとめ】>
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